ピンフスキー界隈にはフェイク野郎が多すぎるのではないかという話

ぺぐもさんが昇進した

そんな衝撃的なニュースがピンフスキー界隈を駆け巡ったのはこの4月のことでした。本人は「なにもしてない」「年功序列」などと謙遜されていますが、そんなことはありません。

仕事の内容あるいは私的なことで嫌になることだってあったはずです。それでもぺぐもさんが毎日毎日仕事をこなし続けた日々が、会社からの信頼を勝ち取り今回の昇進に繋がったのだろうと思います。誰にでもできることではありません。

しかし

一方でぺぐもさんといえば「何もしてないのに人生が壊れた」をキャッチフレーズにしてきた人です。しかもシチュエーションプレイでの設定にこだわりがあり、そのルールを破ったピンフスキーさんに激高し、お尻を叩いていたのですから、彼の常日頃からの発言との矛盾を指摘せずにはいられません。

他人に何かを求めるならまずは自分から

自分を棚に上げた説教の偽善性は聖書にも記されていることです。もしイエスが今のぺぐもさんを見たらきっとこう仰るでしょう。

ちりと梁 - Wikipedia

自分は設定を守らないのに、どうしてピン助にむかって、「痛いじゃ、だろ!」じゃロリ痛いなんて言わねえんだと言えようか。

ぺぐにゃんよ、まず自分の何もしてないのに人生が壊れたという設定を遵守するがよい。

そうすれば、はっきり見えるようになって、ピン助にのじゃロリ設定を従わせることができるだろう。

またアリストテレスは弁論術にも話し手の人柄の重要性が記載されています。

  • logos(ロゴス、言論) – 理屈による説得。
  • pathos(パトス、感情)- 聞き手の感情への訴えかけによる説得。
  • ethos(エートス、人柄)- 話し手の人柄による説得。

上記した通り、アリストテレスはこの3つの内、logos(言論)を技術の中心に据え、秩序立てようと努めているが、残りのpathos(感情)とethos(人柄)という2要素も、他者を説得する上では決して無視できない要素であるとして、同程度の文量を割いて考察している。

弁論術(アリストテレス)

つまり今回の場合も、ロゴス(のじゃロリ痛いなんて言わない)が最も重要であることは間違いありませんが、パトス(ピンフスキー、彼はねこますさんではない)やエートス(ぺぐもさんが自らの設定を守っていないこと)も決して無視できない要素なのです。

「のじゃロリ痛いなんて言わない」という命題の真偽は発信者の属性に関係がありませんが、そう主張し他者に働きかけようとする場合の説得力や訴求力は発信者の属性によって大きく上下するのです。

ぺぐもさん、この度はご昇進、誠におめでとうございます。ぺぐもさんの今後のいっそうのご活躍とご健康を心よりお祈り申し上げます。以上、簡単ではありますが、お祝いの言葉と代えさせて頂きます。

ピンフスキー界隈には他にも

ピンフスキー界隈といえば、そのメンバーは異常独身中年の集まりと相場は決まっています。しかし、存在しない後輩との、存在しない思い出を定期的にツイートする“ピンフスキー界隈のシュナムル”ジャベリューンさんや、一昔前のなろう系主人公的なテンションでモテエピソードを披露し、無自覚なマウントを取ってくるファナチさん(最近は女装匂わせにより女性だけではなく男性からのモテをも獲得している)など彼女持ちも複数います。

また、トップであるピンフスキーさんがいい感じの飲食店を見つけても、店員に顔が覚えられたら通うのを止めるほどシャイであるのにも関わらず、ピンフスキーさん抜きでオフ会が開催されるなど所謂陽キャの集まりではないかと思われる人たちもいます。

とんでもない汚部屋に住み、電気ケトルでしゃぶしゃぶをして、痔やED、藤井さんじゃない方のプラスサイズモデルからの訴訟を控えるなど数々のデバフを喰らっている遊牧民さんはまだ許せます。

しかし風俗嬢やパパ活女子叩きでフォロワー数を伸ばし、フォスアイコンのイメージ悪化に多大な功績を残したパス街さんが、非モテの生態に詳しいフキチャンさんがフェイク認定するレベルのルックスをしていることが許されるのでしょうか?

 結論

もう、むしょくPとくぼくんしか信じられないです。

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